日常の制御不能

日々のコロナウイルスの新規感染者数発表にもすっかり反応が薄くなってきた感があります。
緊急事態宣言下であっても人々は一時期の緊張感など全くなく普通に行動していますし、「コロナ慣れ」とも表現されている油断が第4波を招くという危機感も無い。

政府の緩い対策もあってコロナウイルスという存在が完全に舐められてきている。
なるほど形式的には皆が一応マスクを装着している(つもり)。
しかし鼻を丸出しにしていたり複数人で食事に行けばずっとマスクを外して会話してる人が多い。フェイスガードで防備している気になっているタレントさん達は機能を度外視して単なるファッション感覚なのだろうか?

コロナが流行り出した頃はその実態を解明すべく、スーパーコンピューターを駆使していろいろな検証がされていましたよね。
衝撃的だったのがスパコン富岳による飛沫シミュレーション。
こういう視覚的に脅かされるのが一番効果がある。
飲食店におけるリスクやマスクの素材別の効果も理解できたはずたったのですが・・・

 

昔から「喉元過ぎれば熱さを忘れる」という有名な教訓的ことわざがあります。
皆が知っているのに結局は時が経てば人はまた失敗を繰り返すということか。
慣れというのは本当に恐ろしい。

感染者数も一時は急激に減少したものの最近は下げ止まった感もある。
今週は先週よりも感染者数が増えてきているし。
昼も夜も不要不急の外出が増えてくれば結果は正直に出てしまうのだろうか。

コロナウイルスというものを再認識する必要があるのかもしれません。
顕微鏡で見ると突起物だらけの異様な形であり、こんなものが自分の体内に入り込むと考えればウイルスの怖さ以上に生理的な嫌悪感を覚えるでしょう。
富岳によるシミュレーションの飛沫の姿がこんなおぞましい菌だと認識できれば、少しは私たちの行動も考え直すかな?

例え症状が重くはならなくても後遺症で苦しむ例は少なくないし、やはり体内に侵入されれば特に既往歴のある人なら変異したり合併症とか悪さする恐怖を感じずにはいられないでしょう。
改めて感染したくないと思いますよね?

日本では死亡率・重症化率が当初危惧されていたより低いこともあって、高齢者以外はインフルエンザ以下の怖さと軽んじる傾向にありますが、病気との相性というのは年齢・性別を問わずにある。
健康な人でも突然死することがあるように、自分の体内の潜在的なスイッチを突然の侵入者が刺激することは大いに考えられます。

病気として表面的に発症する怖さはもちろんですが、自覚症状が出ない場合でも免疫能力や遺伝子の部分に影響を与える怖さもある。

感染しても自分の世代では一見何の影響も出なかったからと言って手放しでは喜べない。
DNAの部分に影響を与えることがあるとすれば、本当に怖いのは子孫繁栄に影響が及んでいくこと。

ウイルスは生き残っていくために「感染」という手段を用いるわけですが、これは時系列的には横移動。
更に手段が高度化していけば縦の時系列移動となるのではないか?
ウイルス自身の感染はできなくても遺伝に影響を与えることで、例えば感染しやすい体質とかワクチンを無効化する体質みたいなものを次世代の人に送り込む。

シャチやハイエナがグループで獲物を追い込むように、世代を超えた処世術を人海戦術(菌海戦術?)で新型コロナが縦横無尽に現代に張り巡らせているとしたら・・・
もはや人類はウイルスによって制御不能な状態になっているのかもしれない。

現実に目を向ければ怖いのはウイルスだけではありません。

身の回りには目に見えないだけで、それが視覚化されたら気絶モノの恐怖はいくらでもある。

代表的なのが「ダニ」。
皆様の布団やベッドにも数千匹~数万匹いると思われます。
布団干したり布団乾燥機使っても完全には除去できないと言われています。
特にペットと暮らしている方々は多種多様なダニと共存していることになります。

顕微鏡写真みたいな姿がもし視認できたら・・・
こんな姿の生物が枕元で蠢いているのですから、グッスリ寝れたぁ!と喜んでいる場合ではない。
毎晩寝返りする度に何匹かのダニを吸い込んでいるのですよ(^^;)
よく今日まで無事でいられると思いませんか?

実際にはアレルギーという症状で知られていますが、皮膚に炎症を起こしたり喘息や気管支炎の原因になったりもする。
これとて同じ環境で生活していても何も影響が無い人もいれば、敏感に反応してしまう人もいる。
コロナウイルスの症状の軽重の差と同様に相性というものが存在するようです。

そしてアレルギーも遺伝したりする。
自分だけの問題では済まず、子供にまで影響が及んでしまうのは辛い。
症状が無い・軽いからといって決して平気・放置してよいわけではないのがわかりますよね。

コロナウイルスやダニの顕微鏡で見たそのままがそこら中に浮遊・付着していたり、布団の上で動き回っていたら嫌でも面倒でも人は行動するはずです。
決して「自分は大丈夫!」みたいな気持ちにはならないでしょう。

事の重大さは理屈や常識でグダグダ言うよりも、時にはガツンと視覚的に見せてやるのがよい。
今私たちが日常的に見せられているのは政治家の本質・だらしなさ。
この人たちを選んでしまったのは私達国民であるという事の重大さに気が付かないとね。

政治を日常の制御不能にしてはいけないのです。

 

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