浪費・消費・投資(仕事編)

現在従事されている仕事は望んで選んだ仕事でしょうか?それとも成り行きですか?やってみて満足度はいかがですか?

人それぞれに運命を感じてしまうことの一つが「仕事」です。選べる人はまだ幸せで、多くの人は決して望んだ仕事に就いているわけではない。

 

プロ野球のドラフト制度のように、希望の「職=野球選手」には就けるが希望の「職場=球団」ではないような場合もある。希望の職には就けたが配属の関係で地方の職場になったり内勤ではなく外回り営業になったりと、本当の希望とは少々違う環境に置かれるケースは多いと思います。まあそんなに都合の良い場所がたくさんあるのなら「働き方改革」なんていう言葉も生まれては来なかったでしょうけど。

大抵の場合は将来的な配属・収入・ステップアップを夢見て我慢して働きますよね。それが最近では希望が叶わないと知るやあっさり辞める若者が多いと聞く。それが皆が憧れるような一流企業であっても。

まあ職を選べず就職することすら困難な中高年から見れば「何を贅沢言ってるんだ?」「何でロクに働きもしないうちからワガママやってんだ?」となるでしょう。
ただこれは価値観の違いなのだと思う。彼らにしてみれば自分の理想に近いと思ったから入ってみたものの、当初のイメージとは全然違う現実を見せられて、「あ~っ騙された」という感覚に近いのでは?

本当の自分の望むことが何かをわかっていないと、選べる立場なら求人上の条件面での消去法で残った会社を選ぶのはまあ当然。しかし仕事は決して求人上には見えてこない部分があるのも事実だし、最近はインターンシップとかも普及してきてはいるが、それはまだごく一部の話だし、「恋愛と結婚は別物」というようにお付き合い(面談・面接)している時点ではお互いに自分の良いとこしか相手に見せようとしないから良い関係でいられるのが、いざ結婚(就職)して相手の本性が見えてくると途端に冷めたりする。それを結婚前(入社前)に知るのは案外難しい。
だから読者の皆様もブツブツ言いながら今に至っているんですよね?(笑)
離婚に踏み切れないで人生を浪費している(?)人達の嫉妬が、スパッと見切りをつけることが出来る若者を責めている? なるほどぉ、わかりやすい!

 

何か結婚に至るプロセスに例えて冷静に考えて見ると、若者の速攻辞めてしまうワガママについて一気に理解度が進みますな ^^;
相手の本性が見えた時、我慢してずっと寄り添うのか即関係解消して新たな出会いを始めるのが良いか。
まあそんなワガママ出来るのも若さの特権とも言えますが、ミスマッチを引きずることがお互いに得策ではないことはわかりますね。「我慢は美徳」「我慢は人を成長させる」と言う声も聞こえてきますけど、盆栽や演歌を押し付けてられているような感覚なんでしょうね。若者にとっては。
実際現実問題としてその我慢を続けた先に起きているのが「働き方改革」ですから。

 

我慢してまで働くことはもはや「仕事の浪費」とも言えるのではないか?
仕事を極めるには多少の年月は必要です。しかし多少の年月をかけてまでスキルアップしてきた仕事でその先食っていけないとなると事情は変わって来る。その判断が出来ずに今日まで来てしまった人がいかに多いか。
45歳リストラというキーワードが飛び交っていますけど、45歳と言えばそろそろ仕事を極める円熟の時期。さあこれからという時に切られてしまうのが日本社会の現状だとすると、何のために会社に奉公してきたのかと途方に暮れてしまいますよね。極めた技能が残りの人生に役に立たないとなるとまさに「仕事の浪費」をしてきたとも言えるではないか。本当に能力ある人なら他の職場へ移って「仕事の浪費」を回避することは出来ますけどね。

 

定年まで無事勤め上げることが出来れば仕事は消費できたと考えても良いですね。人生に必要なミッションであったと感謝しましょう。とにかく就労可能な期間を生き延びることが出来たのですから、浪費に思えた仕事であっても必要最小限の消費であったと考えることが出来ます。
それではせっかくの就職を回避してしまった者達は、今後どのように生きていくのでしょうか?

早期退職した行為を自分への「投資」として割り切っていると思います。
投資は将来的なリターンを期待しての行為。一時のリスクは承知の上、そのリスクの何倍ものリターンを得る将来像が明確に見えているなら腑に落ちない働き方を続けるのは「浪費」でしかない。

働く事の対価を金銭的なものとしか考えられないと、見せかけの求人情報に釣られて我慢だらけの働き方になる危険性が高い。我慢してでも見合った金銭が得られるなら人によっては「仕事の浪費」から一歩前進できるかもしれないが、その働き方で人生100年時代を生き抜いていけるのかどうか?

年金に期待せず70歳80歳になっても収入を得るにはどうするか?その不安に応えることが出来るように準備することが「仕事の投資」「働き方の投資」だと思うのです。決して今従事している仕事を死ぬまで続けることとは別物として考えた方が良い。

私が複業に力を入れているのも、60歳以降の収入手段を試行錯誤しているからです。労働収入ではさすがに70歳以降安定して収入を得るのは難しいでしょう。ドライバー仕事だって体力があるからと言って高齢者の運転事故が社会問題になっている今、もしかしたら70歳運転免許強制返納みたいな法律になるかも知れないし、自動運転が普及したらドライバー職そのものが無くなっていても不思議ではない。

将来への「働き方への投資」。皆様なら何をしますか?
長生きすればするほど辛く苦しい未来を乗り切るための働き方。いや、これからは働くという概念は捨てた方が良いかもしれません。
「どう収入を作るか?」「働かなくても得られる収入ネタは何か?」
非正規な人ほど早くスタート出来るはずです。やらなくて後々後悔するのは自己責任ですよ!

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