働き方は自己責任

何事も貴方の自己責任。結果が悪くても責任逃れは出来ません。

取り合えずどこかの会社に入って大人しく働いていれば、最低限の生活は出来た時代はもう昔の話。
今は取り合えずでもどこかの会社に入ることすら簡単ではなく、非正規と呼ばれる宙ぶらりんの状態の者が世の中に溢れている。
責任回避と同情欲求は発信得意でも、それでもその状況から抜け出そうともしない(抜け出せない?)若者がナント多いことか。
いや、正確には若者だけではなくあらゆる世代の者が危うい状況に押し込められている。

仕事を選ばなければ正社員での募集をしている職種はそこそこある。
運送業、建設業、看護・介護系・・・
しかしそれらに共通しているのは、入社のハードルを低くしても人手不足が解消されないジャンルだと。

人手不足が解消されない仕事というのは、それぞれに致命的とも言える問題点(働こうと思わせないハードル)が存在する。
以前から報酬に見合わない働き方という印象が植え付けられている感じがしますし、何よりネットやSNSの発達で情報収集が容易になった影響が大きい。
いろいろな職業の紹介や解説、経験談等がYouTube等でイメージしやすくなったのは大変有難いのですが、反面、個々の好き嫌いが容易にシミュレーションが出来てしまい、「取り合えず働いてみよう」というお試しの機会すら奪う形になってしまっている。

一瞬で免許も仕事も人生を失うリスクも自己責任ですよ

例えば運送系の職種は最近は2024年問題で盛り上がっているためYouTubeやSNSでのアクセス稼ぎにはもってこいの題材となっており、マイナスなイメージがどんどん巷で膨らんでいる。
長時間労働に見合わない報酬、残業しないと生活できない異常さ、事故・健康のリスク、大型車の休憩場所問題等々、車が好き運転が好きでは選択肢にも上がらないような劣悪な環境が改善する気配もなければ、そりゃぁ危なくてその環境に飛び込めない。

一般には運送業と言えばトラックドライバーが代表的なイメージですが、バスの運転士も同様の職種と言えましょう。
モノを運ぶか人を運ぶかという大きな違いはありますけど。
バス、特に路線バスの仕事は決められた時間・決められたエリアの中での仕事なので、残業というイメージはあまり湧かないのですが、この仕事も人手不足が加速してくると当然運転士一人一人の負担(複数の路線担当や労働時間増)に繋がってきます。
しかしこちらもトラック同様、労働時間規制がかかれば残業でカバーも出来ないし収入も増えない。

不動産業をしていた時にバスの運転士をしているという30歳ぐらいの若いお客様を接客したことがありました。
当然予算や属性の確認から始まるのですが、知名度のあるバス会社の正社員で勤続10年ということで属性としてはトラックドライバーよりは住宅ローンは通る可能性はある。(トラックドライバーは基本給が安すぎるためローンは難しい)
しかし年収をヒアリングして愕然とした覚えがあります。

どこへ進もうが自己責任から逃れることはできないのです

若いとは言え地道に真面目に市民のために働いているのに、知名度のある会社でこの待遇なのかとバス運転士の現状に驚きました。
子供の頃は大きな車体で狭い道でも急カーブでも巧みにハンドルを操る運転士ってスゲェなぁ!と思っておりましたが、その技術やリスクに対して報酬が見合わないとなると成り手はいなくなるよなぁ・・・

これは看護・介護職でも同じ。
人の生命を預かる大変責任のある仕事なのに、求人を見ると正社員の募集で月収25万~30万というのが多い。
不規則な勤務も多く、緊急時には急遽駆けつけたりもする。コロナ時ではあまりの過酷な環境に辞めてしまった方々も数知れず・・・

資格の有る無しで少し待遇は変わってきますが、入浴介助とか排泄介助などに代表されるちょっと普通の人なら敬遠してしまう仕事を一度に何人も担当するのは資格云々の問題とはちと違うような。
胃ろうや痰吸引、経鼻経管なんてやってみてと言われても一般人にはメンタルをやられそう。
リスクが高くても世の中に絶対に必要な職種なのに、どうしてこうも待遇が悪く世間の評価も上っ面な部分だけで成りたいと思わせないのだろう?

結果は扉を選び開けなければわからない。後は決断あるのみ

昔は求人広告にはいくらかの反響(応募を前提とした問い合わせ等)があったものだが、今は応募どころかその問い合わせすらないという。
もう求職者側でその職・仕事を見切ってしまっているケースがほとんど。
おおよその勤務時間・残業時間等の働き方や給料を含めた待遇が求職者側の脳裏に焼き付けられており、ちょっとやそっとの見栄えの良さ(シフトの自由度や無資格・未経験OK)には釣られなくなっている。

これは正社員だけではなく、パートやアルバイト等の非正規の募集にも波及している。
もはや最低時給クラスの仕事では人が集まりにくくなっている。
そりゃそうだ、同じような仕事がどんどん時給が上がっていれば当然に人はそちらに流れるよねぇ。

今は求人情報も様々なプラットホーム、サイトから自由に探せる時代。
その星の数ほどある求人の中から一体自分はどのような基準で仕事・働き方を選ぼうとしているのか?
給料(時給)、シフトの自由度、通い易さ、長く働けそうか、人間関係は煩わしくないか・・・

オマエが決断できないなら俺に任せろ!人任せも自己責任!

何かを選択する時には必ず選択するポイントがあるはず。
そのポイントを多く設定すれば選択肢は縮まってくるし、少しも譲れないような探し方をすれば何も決められなくなる。
転職に時間がかかりすぎるのは、完璧を求めすぎるか決断力が弱いかに集約される。

決められない大きな潜在的要因としては、自分の決断・決定・結果に責任を持ちたくないというのがある。
やる前から後の心配ばかり。絶対に負けられない戦いがそこにある!みたいに見えない敵に怯えすぎ(笑)
今の不満だらけの状態も自己責任の結果なのに、そこから一刻も早く抜け出さないと人生終わっちゃうよ?

代わりの仕事の候補があるということは、そこに何らかの期待や可能性を感じているということ。
だったら取り合えずやってみればよい。その「取り合えず」を省こうとするから頭でっかちになって動けない。
結果に至るプロセスすら自己責任回避して結果ばかりを追うから上手くいかないのでは?

正直な話、求人情報だって100%正確なことを伝えていないものも多い。
面接して初めて聞かされる待遇の詳細や、現場を見学してイメージとだいぶかけ離れていたなんてことも珍しくはない。
求人情報だけで判断するのはおススメしないし、自分の足・目・肌で相手と接触して確認するぐらいのことはしないと。
そこまでやって初めて自己責任で職を選択できる状態と言えるでしょう。

責任感が無ければ人生は必ず荒廃する。目耳口を塞ぐな!

口コミだけ大量に眺め回していても、やらない理由を探しているのと同じ。
それを自己責任を遂行していると勘違いするからいつまでもモヤモヤした状況から抜け出せない。
口コミで行動を決めようとするのは単に他人の感想に振り回されているだけです。

前へ進むための準備・調査・覚悟・決断・実行、全てをやってみて初めて自己責任で動いたことになります。
もちろんその後の流れや結果も含めて全てが自己責任です。
変化を恐れて現状を続けるのも自己責任と言えましょうが、それは責任を果たしていると言えるのだろうか?

仕事選びだけでなく生きるためにする事全てが自己責任。
無意識な責任回避が歩みを止めていませんか?
自己責任の自覚があれば、きっと物事を見る目も決断力も養われていくことと思います。

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