今の自分は見えない力による結果?

先週末から本日にかけてバタバタしておりました。
認知症で介護施設に入所している母親が、先週木曜日に検温で37度を超えて熱発の兆候が見られると施設から最初の連絡があり、翌金曜日の朝の検温では38度1分まで上昇したためコロナの疑いも含めて病院で診察させたいと連絡がありました。
細かな報告・対応をして頂けるのは素晴らしいなぁと思う反面、介護・医療の現場は本当に大変だと改めて頭が下がる思いです。

 

濃厚接触者云々の問題もあるため救急車にて病院に搬送されることになりましたが、発熱に加えて高齢者ということもあり搬送先の病院からは状況によってはより入念な検査と入院が必要と言われました。

入院手続きのため金曜日は配送の仕事を終えてすぐに病院に行き、PCR検査他、予定される検査の説明を受け入院にかかる生活品の申し込み等を済ませたのですが、いろいろ病院側に提出する書類の中でちょっとショッキングな項目がありました。

心肺停止時においては無理な延命措置を行いません。

高齢者の診察や入院においては、家族に対してこのような確認が行われることが当たり前のようなのですが、何の心構えも無しにこんな項目を見たら辛いですよね。

病院や医師の対応が冷酷というわけではありませんが、提出書類に同意することが何か親の生死権を自分に任されるような重圧を感じました。

幸いにもPCR検査の結果は陰性で、他の検査の結果も特に問題は無く、昨日には平熱に戻っていたこともあって予想より退院が大幅に早まりました。
今朝、病院から検査結果や病状報告を聞いた時点では退院は明日以降かと思っていたのですが、本日午後から退院可能なのだと。

1日入院が伸びればその分費用は嵩む。退院に支障が無いなら馴染んだ施設に早く戻してあげたい。
私が即動くことで施設によるお迎えの負担も減るし、病院の病床数も早く空けることができる。
というわけで、今日は配送仕事を終えて午後2時頃に病院へ迎えに行き、診察・入院の清算と処方薬を頂いて退院の本人を連れて15時半頃には介護施設に送り届けることができました。

先週も今週も病院に到着した時には玄関前には長蛇の列。
コロナの感染急拡大の影響で最近はPCR検査希望者が殺到しており、玄関前で問診票等の記入を行わせて確認でき次第、院内に入れるという作業が行われている(多くの病院や検査場所では今はこんな状況らしい)。
PCR検査のために密な状況ができる不条理。
ただ退院する者のお迎えだけなのに私も外で15分ほど待たされました。

この寒い中、外で何分も待たされれば怒る人もいます。
しかし病院側もただでさえ色々なことで人手が足りていない中、殺到する群衆をなだめ手際よく任務を遂行するために苦労されている。
現場に行って実際に目の前で起きている状況を見たら、文句を言うのが恥ずかしくなるはず。

「オミクロンは症状は大したことない」とか「経済回せ」とか勝手なコメントが飛び回っていますが、結局最後にとばっちりを食うのは病院や診療施設と免疫力が弱っている高齢者。
経済は回せても人命に関わるセーフティ的な部分がおざなりになってはいけないですよね。
自分は軽症で病院に世話にならない自信があっても現状では感染者が増えれば他の病気で苦しんでいる人に影響が出る。
因果応報、最後は自分が苦しむことになりかねない。

 

 

この3ヶ月ほどの間に父と母が相次いで入所・入院・退院と、今までが平穏だっただけに一気に難題が降りかかってきた感じです。
確かに今は自分の時間が削られてはいますが、これまで両親が私に注いでくれた途方もない手間・時間に比べれば、ほんの一瞬みたいなもの。
その恩返しの一部でも出来ているのであれば、それを感じることが出来ているのは貴重ですね。

 

今回の騒動でいろいろ考えることは、もし自分が普通の会社員で都内とかで働いていたらどれだけ両親の苦難に関われていただろうか?ということ。
「老夫婦のうちの片方が脳梗塞で倒れた」「同居していた片方は認知症で一人で生活ができない」、緊急の入所先・入院先の手配や搬送、退院の手助け、費用の管理・支払い・・・
自分ではわからない部分が多々あるため相当なプレッシャーがかかりますが、自分で親の送迎や病院・施設と直接話をすることでだいぶ理解が深まります。自分の将来にどんな準備をしておけばよいのかも見えてきます。

 

誰だって歳をとるし弱っていくんだよ

会社員で動けないからと言ってほとんど人任せにしていたら、結局最後まで金銭の問題で片付けてしまうかもしれません。
親がこれまで自分にしてくれた手間・時間がどれだけ大変だったのかを認識できないまま終わってしまいそうです。
自分が今会社員だったらほとんどを他人任せにしていたに違いない。
介護離職問題で苦しんでいる人は、他人任せに出来ないタイプなのでしょう。

たまたま今は軽貨物ドライバーという働き方をしていたおかげで、親の騒動でもいろいろなことが出来ました。
労働エリアも自宅を中心にコンパクトにまとめることで効率的に稼いだり自分の時間を持つことが出来ている。
フットワーク軽く生活出来ているのも働き方次第なのだなぁと実感しています。
もしかしたら、自分をこの働き方に導いたのは、いつかは親に孝行しろという見えない力が働いたから?

軽貨物ドライバーにもピンキリあるし、忙しい人は会社員以上に自分の時間を奪われていたりする。
稼ぎたければ多くの時間を労働に捧げるし、自由を大事にする人は面白い時間の使い方をしていたりする。
大事なのは「自分はどうなりたいのか?」ということ。

腹くくって「どうなりたいのか?」を追求していけば何とかなる。
何とかならないのは考え方も行動も中途半端だからではないか?
どこかに逃げ道を用意しながら進もうとしても、それを神様は応援しない?

私は他人に労働時間も収入も決められるのは嫌だし、目覚ましで起こされたり通勤するのも嫌です。
好き勝手にやりたいのでこの働き方になりましたし、まだまだ働き方に快楽を追求しています(笑)

もう半年もすれば62歳。すでに年金だって貰うこともできる高齢者ですが、年相応に働き方をカスタマイズして割と楽しく暮らせています。

1つ問題があるとすれば、それは老後の貯えがないこと・・・(-_-;)

親が弱っていく姿を見るのも辛いけど、自分の近未来でもあることが辛いよなぁ・・・

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