自分を助けてくれるのは誰?
東日本大震災の復興の象徴としてオリンピック招致に動いたところまではまだ良かった。
実際、2020年の開催地が「TOKYO]と決まった瞬間は日本中が一瞬歓喜に沸きました。
オリンピック招致の賛否両論はありましたが、目標が明確であったため国も国民もとりあえずは同じ方向を見ていた。
ところがエンブレムの盗作問題から雲行きが怪しくなり、コンパクト五輪を掲げたのに予算は膨らむ一方。
競技場案もマスコット案も「これが最終選考に残ったもの?」という感じだったし、何より猛暑の中での開催という観客にとってもアスリートにとっても劣悪な日程は何とかならなかったのか?
最悪のタイミングで新型コロナが世界中を襲い、景気の起爆剤とも言われていたオリンピックが今回は貧乏クジという目で世界から見られる始末。
挙句の果てにはいつの間にかオリンピックの大義名分が「人類が新型コロナに打ち勝った証」にすり替えられ、国民の失笑を買っている。
打ち勝つための政策も何もしていないくせに。
もう1年以上も新型コロナと向き合っているのに事態は一向に改善しない。
政府の放つ「悪手」と「後手」。
島国という地理上の優位さを活かせず、お隣の台湾の優秀な対策を見習うこともできない無能な日本の政治家たち。
感染も抑えられず経済も回らない。増えていくのは自殺者と失業者。
このような状況の中でも政治家達にはボーナスが満額出てしかも国会は長い冬休み。何をしているのかと思いきや多人数での会食三昧。
それでもこんな菅内閣支持率が40%前後あるという不思議。
ようやく最近不支持率が支持率を逆転しましたが、それでもまだ30%以上の国民が菅内閣を支持しているということに?
おめでたいにもほどがある。
二階、菅、麻生、西村、加藤、赤羽、安倍、森・・・
日本の舵取りを誤った戦犯の名前がポロポロとあちこちのコメントで出てきています。
民主党政権の時も酷かったが自民党政権も更に酷い。
これだけ露骨に国民不在・利権ファーストで政治をされては、私たちが将来に希望など持てるわけがない。
1年後の自分はちゃんと働いているのだろうか?
いや、半年後、3か月後だって確信が持てない。
こんな大人たちの姿を見て、今の子供たちは何を思うだろう?何になりたいのだろう?
昔の子供・・・つまりこのブログを読んでいただいているであろう我々中高年は、まだ良き幼少・青春時代を過ごしていたのではないだろうか?
将来は何になろうかという夢を描けた時代ではなかったか?
今思えば大学まで行かせてくれた親には感謝しかありませんし、その親のスネに甘え半人前のまま今日に至っている大人も少なくないでしょう。
経済的に守られていた時代だったから思想も行動も自由だったと思うのです。
ところがバブル崩壊やリーマンショック、消費税増税と自分のだらしなさとは違う困難に直面してきた我々中高年は、自分の子供たちに将来や夢をしっかり与えることができているだろうか?
何の不安も感じさせずに趣味や学びの環境を与えてあげられているだろうか?
子を持って初めて親の苦労を知る
人間だけではなく多くの動物は親の影響を受けて育ちます。
このサイクルは「遺伝」という見えない力で代々受け継がれていく。
誰も教えてもいないのに鳥が卵を抱いたり哺乳類が子に乳を飲ませたりできるのは遺伝の力。
だから子に愛情を注ぐというのは非常に大事。
もし自分が子供の頃に親から虐待を受けたりしていたら、今の自分はどうなっていただろう?
たぶん大学は出ていないだろうし、仕事も結婚相手も全てが違う人生になっていたでしょうね。
意識はしていませんでしたが改めて自分は親に守られていたのだなと。
裕福な家庭ではありませんでしたが、親の苦労している姿は見ませんでしたし不自由な扱いを受けたことはなかったので、勉強も部活動も就職も自由にさせてもらえた。
今の子供たちは素直に親の愛を受け止めて育っているのだろうか?
親が社会で受けている苦労をあえて知る必要もないでしょうが、例えば学校でイジメに遭っているとか貧富の差で何かを我慢しているというのは大人の世界でもよくあること。
まだ引き出しの少ない子供にとっては些細な刺激でも辛く感じてしまうこともあるでしょう。
中2の女の子が電車に飛び込んで亡くなった悲惨なニュースがありました。最近は小・中学生の自殺も珍しくないですが、守ってあげられる人が近くにいなかったのでしょうか。
多感な時期の子供に伝えることは難しい部分もありますが、「キミは決して一人ではない、私達(親)が見守っているから安心して」というオーラを毎日送ってあげることは大事。
過保護になる必要もないですが、巣立つまではとことん親の愛情を注いであげたいですな。
何不自由ない環境はワガママも生み出す危険性も高くなりますが、その辺は親の匙加減できちんとやる部分です。
人間は孤独感を味わうと見えない恐怖に支配される。
親でも家族でも知人・友人でもよい。誰かに自分は守られているという安心感・関係を築いておくべき。
リストラで職を失う、コロナ感染で命を失うという恐怖は現実にすぐそこまで迫っているかもしれない。
今自分を守ってくれる存在を頼るのは決して悪いことではありません。
今の国民と国の関係に期待したいのはそういうところ。
国がしっかりと国民を支えてくれるのなら安心して経済を回すこともできるでしょう。
しかし今の国や政治家達から国民が守られているという感触が全く得られないのが悲しい・・・