人生をゲームに例えるなら

投資のセンスを養うバンカースというゲーム、若者は知らないかな?

生まれてから1度もゲームで遊んだことがないという人はいないでしょう。
そのゲームも時代と共に流行り廃りがあり、アナログ的なゲームからデジタル的なゲームへと移り変わってきました。
昭和の時代はサザエさんでお馴染みの磯野家のような大家族も珍しくなく、親戚が集まるような機会も多かったので、多人数で遊べるボードゲームの思い出が強く残っている人も多いのでは?

 

そして平成・令和と時は流れて今は核家族と独身世帯が圧倒的に増え、例えコロナが無くても数人が一堂に会してゲームをやる機会も減ってきていると思われます。
そうなるとゲームの主流もスマホやテレビゲーム等の個人で楽しめるものに移行してくるのも致し方無いですな。
もし今の時代に自分が子供であったら、やはりスマホやテレビゲームにのめり込んだと思います。

しかしイマドキのゲームに思うのは、何か受動的というかあまり苦労せずにゲームスタートが出来てしまうのが人間の成長過程においてどうなのかな?と。

人との繋がりが成長を加速させる

もちろん子供でも何かと忙しい時代ですから、余計な工程を省いて効率よく物事を進めることも大事なのはわかる。
しかしそれが当たり前として育ってしまうことにちょっと引っ掛かるものがあるんですよねぇ。

例えば昔はゲームするためには人を集めなければならない、場所をどこにするか?誰がゲームを準備するか?等、少しマネージメント的な要素があったことが改めて思い出される。
ゲーム以前に自然とコミュニケーション能力が身についたりして、ゲームを楽しむこと以上に大事なものが養われていたのではないかと。

そうした中で人望やリーダーシップにおいて各人の役割・位置付けも上手く振り分けられ、陰湿なイジメや無用な争いなど無かった良き時代だったのではないか?
今は子供のうちから人の好き嫌いや利害関係が先に立ち、オープンな付き合いが出来なくなっている気がいたします。
昔ゲームが果たしていた役割が、個々で完結する遊び方に変わってきたことで対人・接遇力にも影響が出ているのだろうか。

ゲームは人生の縮図

数あるボードゲームの中でも日本人に最も親しまれているのは「人生ゲーム」ではなかろうか。ネーミングも秀逸です。
ゲームの中で結婚・出産といった家族構成の変化や職業選択、収入の変化や各種トラブルと保険の有難み、宝くじやらギャンブル的な要素もあって最後は億万長者か貧乏農場かという究極のゴールも待っている。

まさに人生における様々な出来事を盛り込んだ大人も楽しめる内容が大ヒットの要因でしょう。
しかも時代と共にボード上のセッティングも時代を反映したものにバージョンアップして話題性にも事欠かない。
英語版や鬼滅の刃、ドラえもんとのコラボ版等、拡張性もあるので長続きしているのも頷けます。

ゲーム内で登場する職業を見るだけで、その人生ゲームがいつ頃登場したものかが伺い知ることができる。
初期の人生ゲームでは、弁護士やら教師やらスポーツ選手と言ったポピュラーな職業だったものが、最近のものはゲーマー、ユーチューバー、インフルエンサー(職業?)フードデリバリー(?)、フリーター等々、時代も変わったものだと思い知らされます。

プロの麻雀士というのはいくら稼げるのだろう?

もし最近の人生ゲームで遊ぶとしたら自分ならどんな職業に就きたいのだろうか?収入か働き方か?
いや、もうゲームとリアルが混同してしまいますな。
それだけ現実の職業というものが薄っぺらいものになっているのか?

それより私がやってみたいバージョンは「人生ゲーム 獄辛」というやつ。
増税、就職難、ブラック企業、炎上・・・と、あまりにもシュールな内容で、果たしてゴールまでメンタルが持つかどうか?
そのうち疫病や戦争、自然災害とかを題材としたバージョンも出てきそう。
ちょっとコンプライアンス的にも問題がありそうなので楽しめそうもない・・・
人生ゲームをもっと単純・スピーディーにしたようなゲームが「黒ひげ危機一髪」。
穴の開いた樽に剣を差し込んでいき、黒ひげに刺した(飛ばした)人が負け。
コンセプトはロシアンルーレットと同じなのですが、要は運の悪さを試すゲームですな。

このゲームには敗者のみ存在し、敗者以外は勝者と言うより単にその時は負けなかっただけという、現代社会におけるリストラをイメージさせる。
何度も繰り返して遊べるゲーム(リストラ)なので、オジサン達は楽しんでいる場合ではないぞ!
次は貴方が飛んでいく・・・

弱者が弱者のままではいけないんです

ゲームには相手との駆け引きを楽しむ要素もあります。
昔からある将棋や囲碁、チェスやオセロなどもそう。しかし1対1で対面で行うものはゲームと言うより勝負です。
本人達も見ている方も楽しむというより息苦しささえ伴う。

この駆け引きというのもビジネスにおいては常に付きまとう。
駆け引きが出来ずに相手にやりたい放題されているのが労働者の姿と重なります。
勝負は時の運とも言われますけど、運気を引き込むのも高めるのも自分次第。
負けたらしゃーないで済みませんよね?生活がかかっているのだから。

だったら頭脳をフル回転させて少しでも自分を有利に導くために相手と闘わねば。
食うか食われるかは仕事に就く前から始まっているんです。
採用されるためにただ頭を下げている時点で、既に勝負はついている。負けグセを改めなければどこで働いても辛い思いをするだけです。

単語を知っている人ほど有利に展開できる

成功する人が好んでやっていたゲームってあるのだろうか?

なるほどと頷けるものがありました。
スクラブルというアルファベットを組み合わせて単語をつくり盤面に上手く配置して得点を競うという、クロスワードパズルみたいなゲーム。

楽しみながら単語を覚え英語力が付き、しかも戦略性もあるという。
漢字を組み合わせて4文字熟語を作るみたいなのはよくありますけどそれは戦略性はないな。
確かに幼児の頃からこういうのに馴染ませておくと、語学は地味に上達しそうだし試験や仕事にも役立ちそう。
あぁ何で親は私にこういうゲームを教えてくれなかったのだろう・・・

ゲームにもいろいろありますね。
自分を成長させるもの、いたずらに時間を奪うもの。

換金性を求めてパチンコに移行するのは危険です

ゲームに限らず何が自分にとって有効か、何が自分を堕落させるのか、見極める力も必要です。
時には楽しむだけのものもあって良いのですが、人間は快楽に溺れることに弱い。
5分だけが1時間、1日、1ヵ月とズルズルと引きづってしまうことありませんか?

ゲームの魅力・魔力をきちんと理解すれば人生に役に立つことも少なからずあるでしょう。
恐らくこれからも何かしらのゲームを経験すると思いますが、自分の栄養になる部分がどこにあるのか見極めて上手に付き合っていきましょう!

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