肩書きがつくと人間おかしくなる


肩書き・・・
ある人にとっては欲しくて仕方がないもの。
ある仕事にとっては無くても全く問題がないもの。

縦社会の日本の会社・職場においては、責任の所在・指揮系統・対外的見栄え・給与体系等の便宜的階級として細かく肩書きが付けられていることが多い。

単に肩書きでポジションの区別がつくだけなら全く問題はない。
しかし肩書が付いた途端に人間性が豹変する者がいる。
「虎の威を借る狐」という有名な例えがありますが、肩書きというのはまさに「虎の威」ということか。

突然に本人の能力がアップしたわけでもないのだが、肩書きを与えられると何か偉くなったと勘違いする者はどんな会社・職業においても一定数いる。
私が広告代理店勤務時代、取引先の会社で親しくしていた方がいたのですが、ある時に彼に肩書が付いた途端に「職制で呼べ!」と急に他所他所(よそよそ)しくなったことを今でも覚えています。
何か悲しかったなぁ・・・

会社の規模によって肩書きの種類や重みに大きな違いがあります。
例えば同じ「課長」という肩書きであっても、会社毎に責任も給料も違いますし、大企業と零細企業ではその中身に雲泥の差があるでしょう。

ポストの数も違えば昇進のスピードも違う。
一般的には肩書は会社から与えられる・任命されることがほとんどでしょうけれど、中には肩書きの名称を個々が自由に付けて活動しているところもある。
ベンチャー系の若い会社によく見られる傾向か。

昭和の時代では肩書はどの会社も割と同じパターン。
「主任」「係長」「課長」「次長」「部長」「常務・専務」「社長」という感じでしょうか。

これが規模が大きくなってくると、経理や人事、営業等の部署それぞれに同様の肩書が割り振られ、ポストの数は相当なものになる。
また公務員等では「主事」「主査」「〇〇官」等、独特の敬称を用いているケースもある。

私はすっかり会社員から遠ざかってしまっているのでイマドキの肩書き事情には疎くなっており、どんな肩書きが流通しているのか正直よくわかりません。
外資系の企業も多くなってきて、CEOぐらいならわかりますがCOOとかCFOとかもうお手上げです(笑)

まあ日本のビジネスマンでも職種や役職は多様化してきており、肩書きでおおよそ何をしている人か想像できればまだマシな方で、チンプンカンプンなケースは増えているようです。
逆に意図的にハッタリをかまそうと、わけわからん肩書きを付けるケースもある。
「近未来的軽ドライバー」という肩書きを堂々と名乗っている不届き者オヤジとか(笑)

結局肩書きというのは個々のアイデンティティを表現する手段の一つ。
会社によって与えられた肩書きは、その人の立場であって個性ではない。
任命された肩書きはその組織でのポジションの象徴であり、必ずしもその人の能力と比例はしない。
しかしポジションを与えられた変な自信と見栄と責任感が、人格を狂わすこともある。

一方、最近増えている個々が考えたようなわけわからない肩書きは、役職というよりもその人の個性が表されていると言えるのではないでしょうか?
勝手に考えたような肩書きは、逆にポジション的な表現ではなくその人のやりたいこと・なりたいことを暗に表現しているケースが多いように感じます。

もし皆様が自分自身に「肩書き」を付けるとしたらどんな感じになりますか?
現在会社員の方でもまさか「係長」とか「課長」なんて間違っても付けないですよね(笑)
中間管理職の代名詞みたいな肩書きしか思い浮かばないとしたら・・・重度の社畜病です。

自由な発想を求められるのなら、会社員よりフリーランスの方がアイデアは出そう。
肩書きだってフリーランスの方がいろいろ面白い表現が出てきそうです。
非正規の総称がフリーランスみたいに一括りにされていますけど、やりたいことが明確だったり方向性にブレが無い人ほど独自の肩書きで仕事してます。

私も一種のフリーランスでありもうこの環境に十数年浸かっておりますけど、肩書きについて感じることはやはり会社員の立場の方が肩書きに振り回されている感じがいたします。

フリーの軽ドライバーの身近では運送会社の社員がおりますが、中間管理職である「主任」~「課長」辺りはもうドライバーを完全に上から目線で接してますね。
ガテン系の仕事は割と体育会系色が強くて上下関係はハッキリし(しすぎ)ていますけど、一般企業より肩書きの威力をひけらかしている。

その証拠にドライバーには威圧的な中間管理職も本部からもっと上の肩書きの者が巡回とかに来ると、もう笑えるぐらいに態度が変わる。
なぜ上司にはあんなに平身低頭な卑屈な態度を取り、上の者もそれが当たり前のように振る舞うのか。
会社組織の醜い嫌な一面ですね。

それに比べると委託の軽ドライバーの面々は肩書きも無くポジションは横一線。
年齢・経験・性別の差はあれど、フラットな関係で実に精神衛生上よろしい。
唯一肩書きと呼べるものがあるとすれば「屋号」でしょうかね。

赤帽さんは車体に屋号がプリントされているので、「走る肩書き」状態。
でもその肩書きはポジションではなくドライバーの個性みたいなもの。
実に楽しい屋号を付けている人、よく観察するといますよ~!

収入も完全出来高制なので本当は頑張った人は稼げる公平な世界。
ただ中には収入の差でマウントを取ってくる人がいます。
どこかに階級意識が働いてしまうと、人当たりに変化が出てきます。

肩書きも収入差も他人と比較することで満足感を得る人は一定数いますけれど、それで人徳を失っては元も子もありません。
いちいち人に干渉せず、自分の生き様を自分の肩書きとして誇りを持って生きていきたいものです。

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