自分の鍛え方
育ってきた環境、受けてきた教育、接してきた人間関係、元々の個々の資質等、様々な要因が複雑に絡み合って人間の個性が出来上がっていきます。
もし今の自分に不満があるとしたら何に原因があると思いますか?どこを変えたら不満のない自分が出来上がりますか?
人生に明確な目標・夢を持ち、その実現に向けて動くことが出来ている者はブレが無い。自分が進むべき道やゴールがしっかり見えているから迷いも少ないし、やるべきことがわかっているので自信を持って行動している。自分の指針を見つけるのが早ければ早いほど、満足いく結果に結びつく可能性は高くなる。
ところが多くの人は目標や夢が曖昧なまま貴重な学生時代を過ごし、気付けば就職という大波に飲み込まれて自分が何者であるかを把握しないまま世の中の歯車と化してしまう。自分は本当は何がやりたかったとか何をするのが合っているということにようやく気付く頃には人生も半分消化しており、選択肢も非常に狭くなっている。後悔・不満が充満しているのも仕方がない。指針がハッキリしていなかったのだから。
私の働き方の一つにジムのインストラクターというものがある。上の写真のような環境にいるわけですが、多くの人がそれぞれの悩みを抱いてトレーニングにやって来ます。そこで感じることが「もっと早くからその悩み・問題に気付ければ良かったのに」と行動が後手後手になっている人がいっぱいいる。
競技志向者はやるべきことが明確だしこちらから手助けすることは何もない。トレーニングの質・量・時間配分がわかっているので全てに効率的です。ただこれはごく一部の人であり、利用者の多くが今の自分に不満があり改善しようともがいている。その不満改善の行動が手遅れ気味となっているから苦労しているんですね。自分の指針が明確でないがために招いている部分が大きい。
例えば相談事で圧倒的に多いのが「男性のメタボ対策」と「女性のシェイプアップ」。
ともに日常生活の不摂生から生じる問題であり、予防できることでもあるのですから行動の手遅れという類の悩み事。対策を先送りして結局はこじらせてしまうという、虫歯と同様の問題です。
まあこういう人が沢山いるからジムやサプリメントの需要が無くならない(笑)逆に皆がストイックに自分を律することが出来るようになれば健康産業は衰退するということでしょうか。
インストラクターというのは相手の問題点を把握して正しい方向に導く指針を示してあげることが仕事。マシンの使い方を教えるというのは表面的なことで、いかに問題解決・目標達成のためにブレない行動、自分を追い込むことをさせていくかに注力する。
行動が手遅れになる人の共通点と思うのが「継続力」が欠如していること。
自分の問題点に気付き、とりあえず何かを始めるのですが続けられないので問題は解決しないどころか更に悪化していく。
問題点を指摘しトレーニング方法を伝えるのはさほど難しくはない。難しいのはいかにその人に継続させるかなのです。
ジムに来た日は気分も盛り上がっているしせっかく来たからと一生懸命トレーニングしてくれます。しかし普段の怠惰な生活は体が嘘をつかない。翌日には激しい筋肉痛に見舞われしばらくはトレーニングどころではない状態に。ジムへは足が遠のき、そしてトレーニングと距離を置いてしまう・・・
こういう人は本当に多いです。いかに長続きさせるか、いかに楽しみを持ってやってもらうかということにインストラクターは気を遣います。本来なら「トレーニング」とか「鍛える」ということは多少の痛みや苦労を伴うものと思うのですが、イマドキの人々には体育会系の指導は敬遠される。便利に慣れてしまった現代に生きる人々はとにかく楽な方楽な方へと自分を導いていきたがる。「メタボ」とか「シェイプアップ」という本来の悩み・目的からいつの間にか離れてしまい、「何でこんな辛い思いしなきゃならないの?」とひたすら自分を甘やかし、そして振り出しに戻ってしまうのです。
相談者の問題点を見つけ対策を考える。
インストラクターの仕事は「働き方を考える」という私のブログに役立っています。ジムに来る人の悩みが働き方で悩んでいる人と重なるのです。
自分では気付かないことも他人の目からは明確に見えていることがある。
周囲の考えやアドバイスに耳を傾け、ヒントを活かして自分の目標に向けてブレない行動を続けていく。「自分を鍛える」ということは痛みや苦労は当然として受け入れる覚悟を持つこと。そして一番大事なことは「続けていく」こと。
自分を律することは言うは簡単だが行うは難し。
タバコを止められないことも同様。
しかしそこで志向も行動も止まってしまうなら、本気度はたかが知れている。その後何が起ころうと自己責任だし結果に口をはさんではいけない。
目標・夢があるならそこに向けた行動を日常の生活習慣として落とし込むべし。寝る時には横になるとか、外出する時には服を着るみたいに。特別に何かをしようとするからやらない言い訳が生まれる。
ジムの常連さんや競技志向の方はよく「トレーニングしないと気持ちが悪い」と言います。体が自然に自分を追い込むことを欲する状況を創り出せているんですね。
私も高校時代、毎日部活で激しくトレーニングしている中で「ランナーズハイ」を経験したことがあります。アップダウンのあるコースを走らされるので、走っている最中は心臓が破裂するのではないかと思うぐらいにキツイのですけど、何故か授業中は走りたくて仕方がない感覚が体を支配しているのです。今では考えられませんけど。
働く中でも「労働者ハイ」とか「残業ハイ」「ブラックハイ」みたいに苦しいことを体が欲している状態になっている人がいるのかも。
(-_-;)「―ハイ」「―ハイ」って、居酒屋じゃねぇんだから
ある意味そうなってしまったら勝ちかもしれませんね。
ゾンビから逃げ回っている時は苦しいけどゾンビになっちまえば・・・
まあ自分を甘やかさず問題の目は早めに摘むことを心がけましょう!