時間は平等 労働対価は不平等

 

人類が平等に与えられているもの = 1日24時間

この地球上ではどこの国でも24時間で1日と区切っているし誰もが平等に共有しているはずなのですが、その時間を「支配する者」・「支配される者」という立場によっては、平等という意識が薄れたり結果として損得が発生したりします。

 

同じ時間で同じような仕事をしているのに報酬に大きな差が出てしまう。わかりやすく言えばコンビニやスーパーの仕事で店の違いで時給に差がついているようなもの。これは企業間の売上差や経営方針、地域格差等によって生じるケースが多く、県別で最低賃金に差がついているのも同じようなこと。

この現実に不平等と感じるのも当然ですよね。ただ住んでる場所が違うだけとか年齢・性別の違いとかで報酬に違いが出てくれば不満が起きるのも不思議ではない。フード系のアルバイトでも高校生が一般より時給が50円安いとかよくあります。労働能力的には中高年より勝っているとしてもです。この辺は年功序列的な名残がまだあるのかなぁと思ったりしてますけど。

 

運送業の世界に入ってみて、こういう不平等感をかなり強く思いました。求人的には当然ブラック的な部分を隠していますし、給料的にもさほど大きな差は感じません。転がすトラックのサイズにもよりますが、大体25万前後という感じでしょうか。

しかし給料が同レベルでも労働の内容は千差万別。実質労働時間も千差万別です。手荷積み・手降ろしの負担のある仕事とカゴ車で積んでカゴ車で降ろしてくる仕事では、時間も含めて全然違います。これで同じ賃金だったら皆が後者を選びたがるでしょう。同じ報酬でも労働対価が大きく違うというのはこういう部分なのです。

長時間労働イメージの正社員トラックドライバーと委託の軽ドライバーの差においても格差はあります。経費はかかりますが、収入と労働時間のバランスにおいては軽ドライバーの圧勝でしょう。労働対価が全然違います。(長時間になりがちな宅配仕事も収入面ではトラックよりは稼げるはずですから)

 

しかし軽運送業の仕事でも労働対価の違いはあります。仕事内容が違うだけでその差は結構大きいものがある。例えば宅配仕事だと配達個数単価で大体@150~200円の範疇が一般的。例えばエレベーター無しの団地が多いエリアを担当してしまうと、1階だろうが5階だろうが封筒だろうが重い米・水だろうが、1個は1個同じ報酬だよ~と考えると労働対価が違うよなぁと想像つきますよね。時間がかかる面倒な家が続いたり不在があったりすると、時給換算にして1,000円切ることなんて不思議ではないのがおわかりいただけるでしょう。しかもこういう面倒なエリアは大体新人が受け持ってしまう。

稼ぐ先輩達は不在が多い家や面倒なエリアを知ってますので、美味しい部分(配達し易い・不在の少ない)を自分でたくさんキープするのでそりゃあ稼ぎやすい。求人で目にする美味しそうな部分はほとんど先輩が囲っているので、新人は稼げるようになるまで辛抱が必要です。配達数を増やすことより不在がちのお宅の対策を考えた方が労働対価は良くなったりする。

宅配に比べると商業貨物や企業便というのは、不在がほぼ無いのと相手の受取可能時間が決められているので労働時間は短くなるのが普通。たまに50Kgぐらいの重量物があったりしますが、大体先方で降ろす時には手伝ってくれますし、総配達件数も少ないし納品1回覚えれば地図見る必要もなくなるので明るいうちに帰れる仕事はかなりある。それでも日給ベースで1万円は軽く超えてくるので宅配仕事で同じ金額を稼ぐための労働時間よりはかなり少ない = 労働対価は高くなる。

せっかく平等に与えられている時間なのに上手く使えるか否かで収入と自由に差がでます。私が見せかけの売上げより労働対価という部分を重要視している理由がおわかりいただけましたでしょうか。

 

同じ業界で同じような仕事をしているようでいて格差はかなりある。こういう部分を知ると知らないとでは居心地に雲泥の差が出てしまいます。辛い思いしてもその仕事を選んだのは自分だし勉強不足なのも自分の責任。不平等感は自分自身が作り出しているのかもしれません。ブラックな環境で働く人がいる限りブラックな仕事も無くならない。収入と働き方のバランスを意識しておかないと足元見られて報酬も時間も搾取されてしまいますよ。

貴方の時間は誰の為でもない、貴方のものです。貴方が自分の時間をコントロールできれば、それが貴方の生きた証・存在証明となります。

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