軽貨物開業14年目を迎えた悟り

軽貨物運送業で40代後半のポンコツデビューしてまさかの14年目に突入いたしました。
一応9月1日を開業日として税務署には登録しておりますので、企業的に言えば毎年9月は新年度を迎えた感覚でおります。

開業時には10年後の自分がどうなっているか想像も出来ませんでしたが、ここまで続いているのはとにかく働き方が性に合っていたのでしょう。
「悟り」とは大袈裟ですが、現在強く思っていることを書いてみます。

 

軽貨物の仕事って実にシンプルだと思います。
「指定された場所に荷物を届ける」という単純なミッション。
徒歩や自転車でも出来る内容なら小学生でも可能な仕事。

実は私は小学生高学年の時に新聞配達をやってお小遣い稼ぎをしていた経験があります。
同級生の親が新聞屋に努めていて、忙しい時期にお手伝い感覚でやっておりました。
夕刊だけ、エリアは大きな団地内の一部のみでしたが配達数は確か360部でしたね。小学生にとってはそこそこの重労働だった記憶があります。

まず夕刊なのでボリューム少な目とは言え、360部となると重さもそうですけど結構嵩張ります。
大きな買い物袋に入れ肩から下げて配達してましたが、普通の小学生の体格では1度ではシンドイので2~3回戦やってました。

それでいくら貰えたのかというと、不思議に今でもハッキリ覚えています。
360円(^^;)
配達単価1部1円ということです。

夕刊は各棟の階段毎にある1階の郵便受けへの投函なので、子供でも何とかできるレベル。
360部配達するのに2時間ぐらいだったかなぁ(団地内結構広い)。
時給換算なら180円?

配達仕事というのはいつの時代も魅力的ではないのだろうか・・・?

でもですね、この時代(昭和45年ぐらい)の物価は今とは比較にならないぐらい安い!というか円の価値基準が違います。
鉛筆やノートなんか5円10円で買えた時代。
バスに乗るのも子供は10~15円だった記憶がある。
お菓子なんかもガム1箱が5~10円とか、駄菓子屋で100円もあったら豪遊(笑)できたもんです。

単純に現在の円の価値と比べると1/10という感じか。
だとするとポスティング仕事なら現在なら配達単価10円???
悪くないじゃん!しかもネットも無い時代の小学生のバイトとして!

つまり360円というのは当時の小学生にとってはなかなかの大金。
臨時のお手伝いのお駄賃であり、月1ペースほどだったので年収4000円!
当時から自分で稼ぐのが好きだった?

親からは必要な時にしかお金を貰っていなかったので、この360円が今の私の労働対価評価の礎となったのであろうか?
というより小学生時に配達仕事をかじっていたこと自体、今思えば将来を暗示していたのか?

まあ過去の歴史はもう変えられない。
変えられるのは未来です。

ただ私がこの職業・業界に足を踏み入れて感じていること。
過去に何度か指摘していますけど、運送業界も現役のドライバ―も、変えられない歴史の延長で時を過ごしているなぁと。

ヤマト運輸や佐川急便のような一部の大手運送企業は、テクノロジーがどんどん先へ進んでおりますけど、現場が置き去りにされている感が否めない。
特にドライバーの扱いは旧態依然。

まずどうして人手不足が解消しないのか?
業界内での人の移動を繰り返しているだけで老齢化だけが進行し、もう何年も前から問題定義されているのに仕事の魅力が伝わってこないから若者も来ない。

繁忙期と閑散期の落差をカバーする知恵も無く、簡単に委託ドライバーを切っては社員の負担を異常に増やすことの繰り返し。
でも社員は苦痛に耐えるだけ。過去を引きずり未来どころか現在すら変えられないことに疑問を抱かないと。
未来が変わっていくのは企業の先端だけ。従業員・ドライバーは変えられる未来を放棄し、過去の延長の時空間で一生を終えていくしかないのだろうか?

現代社会の問題点は「生活のために働かざるを得ない」奴隷的労働者が多すぎる。
奴隷的労働の状態で自分の未来を変えるなんてまず無理でしょう。
自分の人生は「働かざるを得ない」状況を変えないと、存在意義すら薄いままで終わる。

 

軽貨物で独立して丸13年間過ごしてきましたが、私だって偉そうなこと言っても未だ「働かざるを得ない」状況には変わりない。
ただ会社員時代の「働かざるを得ない」状況とはちょっと違う。
他人のルール下で働かされているのと、自分で働き方をカスタマイズできるのは雲泥の差と感じます。

未来を自分の意志で変えることができる働き方。
もちろん会社員だって転職なり独立すれば未来は変えられる。
ただ出来ないのは何故か?

現状を変える・変わるのが怖いから。
実は未来が変わることをさほど重要だと思っていないから。
そして一番大きいのは自分を信じ切れていないから。

イモ虫に学べ!

昆虫の中には幼虫から成虫に変わるまでに劇的な変化をするものがいます。
蝶々やカブトムシなどは誰でもご存知でしょう。
イモ虫が蛹となり成虫として出てきた時には全く別の生き物のように変化している。

昆虫が人間のように変化を恐れていたら一生イモ虫のまま。
いつまでもノロノロと這うだけなら外敵にいいように襲われる(経営側にいいように使われる)確率が高いだけ。
変化を恐れるとか恐れないとかの問題がないだけ昆虫は幸せなのかもしれませんね。

 

軽貨物という働き方は下手すれば相手ルールの労働地獄にもなり得るし、自分がどうなりたいかを明確にして変化を恐れなければどんどん理想に近づけることができる。
それは10年以上この世界にいれば誰でもわかるはず。

だって独立して変化しちゃったんだからあとは前へ進むだけでしょ?
せっかく独立したのにまた会社員のように拘束されて仕事している人もいますけど・・・

ここまで来たら未来をコントロールできることに気付くはずです。
イモ虫のままでは見える景色は狭い。
しかし蝶々なりカブトムシになれば空からの景色が見えるんです。どこにでも行けるんです。

変化を恐れずなりたい自分に近づこう!

この意志を貫けば、これまでの働き方とは違った世界が見えてきます。
「なりたい自分」と「理想の働き方」
そんなの無理だ!ではなく、どうしたら実現できるか?

蝶々やカブトムシとなって人生を終えるには、イモ虫からの変化が必要なんですよ!
その変化を否定したり逃げている自分をどう変えていくか?

これまでの軽貨物ライフの中で「変化」をどう考え受け入れ自分がどう変われるか?
未来へ繋げる大事なことだと思いました。

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