生活の中の不要不急を探り出せ!

東京都およびその隣県では今週末の外出自粛要請がようやく緊迫感を持って出されました。

本来なら今頃は関東圏では花見シーズン真っ盛り。今年もちょうど開花が進んだタイミングだったのですが運悪く楽しむような雰囲気ではなくなりました。とは言っても協調性のない方々は聞く耳をお持ちでないようで・・・

 

ウイルスという目に見えない敵であるがゆえに恐怖感が湧かないのでしょうか?
ウイルス相手なだけに「空気が読めない」という表現がまさにピッタリくる能天気な人は、残念ながらどこにでも一定数いますよね。

こうなってしまう原因としては指示が曖昧というのもあります。
「不要不急の外出は控えるように」と言われても、罰則がなければ効果は限定的。
人によって不要不急かどうかの判断基準が違うこともある。
例えば緊急性を要する薬とダイエットサプリメントでは同じドラッグストアに買い物に行くのでも重要度が全く違う。

会社勤め一つとっても、例えば毎朝の朝礼なんて不要不急の最たるものと思いませんか?
不要不急の朝礼のためにわざわざ通勤ラッシュの時間帯に合わせて出勤するバカバカしさ。

大体朝礼の内容なんてLINEやメールで済みそうなものですよね?
休みの日や夜中に上司からLINEやメールで連絡来た経験のある方は多いと思いますが、それに比べれば朝礼の緊急性など大したことないでしょ。
何で毎朝皆が雁首揃えて無駄な時間を共有しなければならないのか?

朝礼や会議などは小池都知事の自粛要請の「ノー3密」(歓喜の悪い密閉空間、多くの人の密集する場所、近距離での密接な会話)にも該当する行為。
しかし期間限定であってもそれに協力しようという会社はほとんどない。
国家的危機対策要請より会社の惰性イベントが優先されているという現状。
こういう会社は外出自粛要請があっても外出してしまう人達と何ら変わらない。

 

普段の慣習に染まり過ぎると変化に対応するのは難しくなります。
働き方改革が問題点がわかっているのに一向に進まないのは、どこかで変化を恐れ変えようとしない”力“が働いているから。
それは経営者であり上司であり組織・会社そのものが抵抗力になっている。

国全体が一つの問題に集中して取り組むというのはなかなか無い機会です。
この際、各自の生活の中の問題を洗い出し膿を出し切ってしまいましょう。

不要不急の洗い出し

先に働くことにおける不要不急の例として「朝礼」をあげました。
別に朝礼を廃止したって会社が回らなくなるわけではないし、通勤ラッシュの緩和や各人の時間を産出できるというメリットの部分が非常に多い。
それを廃止できないのはどんな理由?何が足枷?誰が反対している?

 

こうやって問題点を紐解いていけば悪習を排除できるはず。
「会社の決まりだから」なんていうふざけたこと言う社畜上司は良い機会なので悪習と一緒に排除しちゃいましょう!

 

しかし会社の不要不急の悪習はわかっていてもそう簡単に変えることは難しい。
雇用されている限りは相手のルールに支配されるのが前提ですから。
であるならまずは各人の生活の中での不要不急を探ってみましょう。

生活の中においては自分で管理できることが多くなるので、「不急」という部分においては優先順位という表現の方がわかりやすいですね。
後回しにできるものは徹底的に後回し。結局はやらなくてよいことにも繋がります。

では「不要」というものは何でしょう?
やらなくてもよいことをやってしまっている = 悪習ですね。

一つはテレビ。
朝起きればテレビオン。帰宅すればテレビオン。
食事していても音楽聞いていても読書していてもスマホいじっていても常にテレビをつけている。

たまに番組の印象が残っているのはくだらない芸能ニュースとかお笑い系とか・・・
「別にテレビつけとってもええやん」という自意識の低さは、外出自粛の中で平気で遊びに出ている者と全く同じ感覚というのがよくわかります。
唯一の救いはテレビは他人に迷惑はかかっていないということ。
でも不要不急(災害速報などは別ですが)の一つとして考えられます。
「あってもええやん」は「なくても困らんじゃろ」と。

 

喫煙というのも現代社会においては不要と考える人が増えている。
嗜好品というのは人によって不要不急が当てはまりやすいジャンルですから、自分の中の嗜好品から優先順位など付けてみると本当に必要なものかどうかが見えてくる。

LINEやインスタ等に束縛されているのも客観的に見れば「何だろなぁ~」と思えますよね。
歩きスマホとかスマホ依存とかもこの類でしょう。過剰な人との繋がりは不要不急を増長していることに気付かないと。
いや気付いてはいるけれど抜け出せないと自分の弱さを棚に上げて言い訳するんでしょうねぇ。

結局は言い訳して自分を正当化していることが不要不急なことなのではないだろうか?
自分の生活の中の不要不急は他人の目に触れる機会が少ないため放置している。
それがやがて生活を蝕み始め、気が付けば不要不急が重要早急事項になってしまっている。

これが俗に言う「依存症」というもの。
パチンコもそう、タバコもそう、ギャンブルもそう・・・

不要不急を洗い出し、シャットアウトすることが大事。
生活への浸食が進むとドンドン苦しくなっていくのは自分なんです。

国や各都道府県が甘く見ていたウイルスの拡散に慌ててやりだしたのが自粛や閉鎖という荒療治。
更に都市閉鎖という最終手段まで現実的になってきていることから目を背けてはならない。

 

初動を誤れば個人も国家も同じようにバタバタするというのがよくわかります。
せっかくの外出自粛。自分の不要不急を見直してみる良い時間の過ごし方をしてみてはいかがでしょうか?

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